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2010年9月21日 (火)

館野泉さんのコンサート

以前紹介した“左手のピアニスト”館野泉さんのコンサートに行ってきました。

ご自身が本で語っておられるとおり、両手か片手かということは関係ありませんでした。そこには、館野さんの音楽、舘野さんの世界が広がっていて、それを満喫できる、充実のひと時でした。
私自身、コンサートに行くきっかけ、もう少しさかのぼって館野泉さんというピアニストに興味を持つことになったきっかけは、彼が片手で演奏活動をしていることを知ったからです。
たしかにはじめは、「いったい片手でどんな風にピアノを弾くのだろう?」という興味(好奇心)が先行していました。でも、曲が進むにつれて、館野さんが創り出す音楽に惹きこまれていきました。はっきりと力強いタッチ、自在に変化する音色、音楽そのものが持つ雰囲気。それは、何本の手で演奏しているかということを超越したもののように感じました。

休憩中に、近くの席の方が
「あんなの両手でも無理だね」
と話しているのが聞こえました。両手でも余るほど、たくさんの音符を鳴らしている(難しい曲を演奏している)とお感じになったのでしょう。
確かに、技術的にもすごいことを実現されていると思うのですが、あれだけ会場を支配する空気(雰囲気)を作り出すのは大変なことで、やはり「両手でも無理」、誰にでもできることではないと感じました。
最後の音をのばしているときなどは、会場の空気がとまったようで、なんとも充実した雰囲気に包まれるのです。
数年ぶりのコンサート、とてもよいひと時となりました。

<余談>
こんなにすごい方を、同じ目線で自分と比べることははばかられますが...
感じたことを少し書かせていただきます。

舘野さん、何曲かあるプログラムの一曲で、右手を使われました。ほんの少し。これは、最初に彼の存在を知ったときの疑問への答えでもありました。その疑問というのは、
「右手があって、ある程度動かすこともできるのに、どうして使わないの?」というもの。
著書の中では、こう触れられています。

最近、方々で「右手も使えるようになったんだって?」と
聞かれます。2006年の春の終わりごろから、左手の
曲でも簡単な旋律なら右手に持たせるようにしています。
でも、
これはまだ「弾く」という段階のことではありません。
足を引きずっているのに、オリンピックで駆けるわけには
いかないでしょう。
ピアノを弾くというのは、平たく言えば
オリンピックの競技に出て走るようなものです。生半可
ではできません。でも、右手が少しでも使えるようになっ
たというのは嬉しいことです。少しずつでももとの体に
戻れば、それはそれで生き返っていくような思いがする
のです。

                  「左手のコンチェルト」から



ほんの一音でも、本番で使うということは、自信があってのことで、確実に右手が戻ってきつつあるということなのだろうな、と。“左手のピアニスト”が右手も使うのを見て、よかったなぁ、と感じました。そこには、ちょっぴり羨ましい気持ちもあります。
「右手が戻ってくるかもしれない」という可能性は、すりやにはないから。
そのかわりに、新しい右手(能動義手)があるんですが、ピアノを思いっきりたたいても、義手ではささくような音しか出ないのです。
と、ここまで書いて気づきましたが、もともとすりやはピアノを弾いていたわけではありません。いまさら弾けないなどという以前に、もともと弾けないのです...
目標とするのは、ホルンとハーモニカです。
ピアノ云々よりも、こっちを練習しましょう!

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