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2011年3月25日 (金)

施しを受ける

東北関東大震災で被災された方への義援金を集めようと毎日、街頭にいろんな方が立たれています。地元企業の方、商工会、学校、少年野球チーム、などなど...
家に帰ると小学校や保育園から募金を募るお手紙が届いており、職場でも同じような動きがあります。すぐにできる活動なので、募金したいと思うのですが、はてさてどこを通じて募金していけばよいのやら...
最終的には行き先は同じで、窓口はどこでもよいのでしょうか?

そうした募金活動を見ているうちに、昔のことを思い出しました。

右手の傷が落ち着いて、はじめの病院を退院したあと、しばらくリハビリのために通院していました(ストレッチがメインで義手はまだ登場しません)。
通院は、仕事復帰後も続き、そのうち、仕事帰りに病院に通うようになりました。そんなリハビリ(第1期)終盤の頃のお話。

ある日のリハビリが終わり、会計待ちで椅子に座って待っていると小さい子が近づいてきてお金を差し出しました。その子が座っていた方を見ると、おばあさんが手まねで
「いいから取っておきなさい」
といいます。

すりやは、施しを受けたのです。

おばあさんは、お金持ち風のアラブ人でやさしいまなざしですりやを見ていました。瞬間的に、「施しを受ける身の上ではない」と思って拒否しかけましたが、説明することが難しいのと、これを受け取ることであのおばあさんが幸せな気分になれるのならそれも意味があるかもしれない、などと思いながら、つい、受け取りました。
案の定、
おばあさんもお使いしてくれたチビちゃんも笑顔になり、満足そうでした。
でも、お金をもらったすりやは、とても複雑です。

お金をもらうのは極端な話だとしても、今まで、たくさんの親切な心遣いをいただいてきました。
その中には、
「これは自分でできます」とか「そこまでしてもらわなくても」、
と感じることもあります。そんなときは、助けようとしてくださった気持ちに感謝しながら助けてもらうかどうか、選ばせてもらったらよいと思います。
一方で、自分が誰かの力になりたい場合、何かしたいと思ったことは、とにかく働きかければよいと思います。思い通りに役立てることもあるでしょうし、見当違いのこともあるかもしれません。それは、ご本人の判断にゆだねましょう。
そして、助けるときの動機はどんなものでもよいと思います。特に継続する必要がない「スポットお助け」であれば、流行でも、偽善でも、思いつきでも、自己満足であっても構わないと思います。助けを必要としている方が「助かる」と感じられることが大切だから。

アラブのおばあさんがくれたお金は、帰りに病院の玄関にあった募金箱に入れました。すりや以上におばあさんの気持ちを必要としている人に届いてくれたらいなと思います。

震災への募金も、窓口にこだわらず、ともかく動こうと思います。

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