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2011年10月 4日 (火)

誰のための装飾義手?

お久しぶりです。
あっという間に9月が終わり、気がつけば10月になっていました。9月は、仕事でたくさん文章を書いたためか、ブログの方は書きかけで放ってあるものが溜まる状態に。遅ればせながら、少しずつ、アップしていこうと思います。
そんなわけで、一月ほど前のお話です。

久しぶりにネクタイをして出張に出ました。クールビズが終わりそうな、まだ続いているようななか、お客様と会う予定でしたので。
ネクタイは普段はつけていないので、やや息苦しいし、やはりまだまだ暑いもの。ついつい、目的地直前の駅でネクタイを装着することになります。その日は、ちょっと早めについたので、コーヒーショップで時間調整をしていて、そのまま、席でネクタイをつけました。ネクタイをするには、右手(=義手)はフックの方が便利なので、ネクタイをつけるまではフックで、ネクタイをつけると同時にフックから装飾ハンドに付け替えました。これまた、コーヒーショップの席で。
端の方の席で控えめに作業はしましたが、どちらかというと人前です。
手先を交換するとき、なんとなく人前で堂々とやるのは気が引けるので、これまではトイレに行って交換したりしていました(手首から先だけの手が転がっていたり、突然手首から先が外れたりすると、びっくりしますよね)。最近、ちょっと横着して新幹線の席で座ったまま、ササッと換えたりしています。

考えてみると、装飾ハンドはネクタイと同じような位置づけになってきているようです。好んで着用するわけではないけれど、少しフォーマルな格好をするために必要なもの、とでもいいましょうか。たぶんネクタイも、周囲の人からすれば(特に夏は)あってもなくても気にならないものでしょう。目に付くものなので、センスの良し悪しは見られているでしょうが。無難なデザインであれば、存在感はないはずです。

時々、電車の中でお化粧している女性を見かけます。たまたま、すぐ近くに立ったときは、お顔ができていく様子が、よく見えてしまうのですが、たぶん、あのオメカシは誰かと会うときの自分のためであって、それまでにお化粧が出来上がればよいのでしょうね。間違っても、その道中で乗り合わせた人たちに見せるためのおメカシではないから、乗り合わせ客にどう見られていようが構わない、そもそも、そんなこと気にしていないのかも...
すりやの装飾義手も、そんな感じのような気がしてきました。
では、だれのため?
最近、さほど見た目(人の目)も気にならなくなってきている中で、なぜ、装飾ハンドを持ち歩いて、交換するのでしょう?何のため?誰のため?自分のことながらちょっと振り返ってみると、装飾ハンドをつけている時間は、できるだけ短くしようとしています。だから、目的地到着直前に付け替え、仕事が終わればすぐにフックに戻す、といった具合。
お仕事相手は、さして気にしないでしょうし、街中ですれ違う人は関心すらないでしょう。ナノになぜ?

なんとなく、答えが見えそうになってきているのですが、まだ、ぼんやりとしています。考えて出てくるというよりは、いろんな経験をして場数をこなすことでたどり着けそうな気がします。急ぐ必要はないですが、気になる答え。
半年後か、数年後か。これかな、というものに思い当たるときが楽しみです。

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