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2012年2月14日 (火)

喪失感

うっかりしていて過ぎてしまいましたが、2月12日はすりやにとっての「右腕をあきらめた」記念日でした。喉もと過ぎればと言いましょうか、ホントうっかり忘れていました。
(すりやは、怪我したときから数日間、腕の接合を試みてもらっていました。結局、上手くいかず、「あきらめる」ことになったのでした。)
誰かに、「ものすごい喪失体験だよね」と言われたことがありますが、実はそれほど「ものすご」くはなかったような気がします(これまた、喉もと過ぎてしまったから忘れちゃったかな?)。
思い出せる体験で、最も「喪失感」のようなものを強く感じたのは、近視で初めて眼鏡をかけることになったときです。そのときは、まだ視力は0.7程度でしたが、「このままどんどん視力が落ちていったら、0.0になって見えなくなっちゃうんじゃないの?!」と、とても心細くなったものです。右腕の場合は、最悪で切断、上手くいけば少しでも元に戻るかもしれないという期待があり、どこまで行くのか分からない底なしの不安感ではなかったからよかったのかもしれません。
私の気持ちとしては、「上手くいけばもう少し...」はまだ続いています。以下は、書きかけで放ってあった2年くらい前の文章です。あまり状況に進展はありませんが、今も変わらず同じような気持ちだなと思ったので、ご紹介いたします。

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いつか、手が失くなったことを
「とっても大きな失くしものをした」
と感じるときがくるのではないかと気にしています。
それは、なんでもないときに、突然やってくるように思うのです。

頭では分かっています。
なぜ失くなったかも、どのように元に戻そうとしたかも、
右手をあきらめたあとにどうやって日常の生活に戻ってきたかも、
分かっています。
すべて納得ずくで、
概ね自分の希望のとおりに進めてこさせてもらったと思います。
だから、
すべてのきっかけである怪我した瞬間を除けば、
すべて理解しているつもりです。
頭では。

でも、気持ちはどうなんでしょう?
自分では分かりません。

こんなタイミングで喪失感が襲ってくるんじゃないだろうか、
という予測日は何度かありました。

最初は、包帯が取れたとき。
初めて段端(腕の残っている部分)や自分の体を
鏡に映してじっくりと見ることができたときです。
次は、怪我をした場所に実際に行ったとき。
その場を想像はしてきましたが、
実際にその場に行ってみたら何かが急に襲ってくるのではないか?
その次は、日本に帰ってきて仕事に復帰したとき。
今までは、いわば旅先での出来事、夢の中の事件
と、どこかで思っていたかもしれない。
本当の自分の居場所で、現実を突きつけられたときが危ないのでは。
そして、義手への取り組みがすべて終わったとき。
もうこれ以上の発展は無いということが分かったときが、
本当の症状固定(怪我の後遺症の程度が確定すること)のときで、
それが自分のリハビリのゴールだろうなと思っています。

すりやは、義手によって生活の便利さが変化しているので、
怪我の状態の改善(手が生えてくるとか)は見込めないけれど、
未だ症状固定していない=回復途上と認識しています。


そのときに、
本当にこれ以上のことは出来ないということがわかり、
右手がなくなったことがどれだけのものなのかが分かると思います。

今のところ、
予想された区切りのポイントで大きな喪失感は襲ってきてはいません。
それとなく小さい波が来たことは二回あります。
一つは、富三郎が完成したとき。
「やった!できた!」てはなく「出来上がっちゃったね」という感じ。
楽しかったお祭りが終わってしまったときの寂しさのような感じでした。
喪失感とはちょっと違いますね。

もう一回は、
主治医から「(現時点では)筋電義手は処方しない」と言われたとき。
自分の可能性を閉ざされたように感じたのですね。
あっけなく義手への取り組み、進化に終わりを告げられたようで、
とてもがっかりしました。
とはいえ、「今の時点では」ということだと思い直し、
「いつかはきっと」と考えています。

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コメント

色々と大変そうですね。。。

ひとつ、ひとつ、馴れていくしかないと思います。

上をみてもキリがないですし、下も同じく。。。

健常者の自分を基準に物事考えると辛いですよ。

今の自分を基準に、出来ることを増やして行く考え方の方が、、、

といっても、今は、難しいですよね。

投稿: pogi | 2012年2月16日 (木) 17時33分

すりやさんこんにちは。

こんな私が言うのも恐縮ですが、今まであったものが突然失くなるのですから喪失感がない訳がないですよね………

そして症状固定、

この言葉はいまだに引っ掛かります。

それ以外の言葉も思いつかないのが悲しいのですが………

すりやさんの「いつかはきっと」

陰ながら応援してます。

焦らずゆっくりと!


投稿: 北方真起 | 2012年2月19日 (日) 00時08分

pogiさん、北方真起さん
コメントありがとうございます。
改めて思い返してみますと、怪我をする前の自分を基準に考えるということは減っていると思います。「右手があったら」と思うことがないですからね。pogiさんがおっしゃる“今の自分を基準に”モードに変わっているのかもしれません。

それから、障害固定ではなく、症状固定でしたね。
修正しました(笑)。

投稿: すりや | 2012年2月21日 (火) 23時31分

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