書籍・雑誌

2012年6月10日 (日)

左利きの子

左利きの子

左利きの子」という本。
このタイミングでご紹介していますが、読んだのは3年前。義手の訓練のための入院生活をスタートした頃です。
左利きの筆者が、右利き優勢の世の中で、ストレスを減らして生活していくための工夫を力説します。すりやも、左利きになってみてビデオカメラなどの使いにくさなど、ちょっぴり実感できました。
すりやがこの本から大きな影響を受けたのは、字の書き方です。紙を斜めに置いて書くと、手を巻き込むことなく字を書くことができると書かれていました。読んだその日から、とにかくノートは斜めにしてメモを取り続けています。3年目にさしかかる最近になってようやく、ちょうどいい斜め度合いがつかめてきました。、左腕の向きに添ってノートを置くのがよいようです。写真を撮ってみると、そのようになっています。なんとなく表紙の僕ちゃんにも似てきたかな?

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楽器のことも書いてありました。
ギターは左利き用が用意されていて、数は少ないかもしれないけれど手に入りますよね。でも、バイオリンはみんな必ず右手に弓を持ちます。反対向きも作れると思うのに、なぜ登場していないのでしょうね?ところで、弦楽器というのは、弦をかき鳴らしたり弓を操るのと、弦を押さえるののどちらに利き手を使いたいのだろう?
あとは、左利きの人の優秀さについて書かれていたと思います。
よく言われることですが、右脳が発達しているから芸術方面で才能を発揮する、とか。偉人には、左利きが多いそうです。すりやも密かに利き手交換による才能開花を期待していますが、後天的な左利きの頭の中は、右利きのままのようです(^-^;

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2012年6月 6日 (水)

ソウル・サーファー

今朝の朝刊の「時のひと」欄にべサニー・ハミルトンさんが紹介されていました。まもなく公開される映画「ソウル・サーファー」のモデルにして原作者です。
映画公開を機に来日されたそうで、いろんなところで採り上げられているようですが、簡単にご紹介。
ハワイ出身で小さい頃からサーフィンに夢中だったそうですが、練習中にサメに襲われ左腕を失われます。それでも、怪我が治るとすぐに復帰し、現在もプロサーファーとして活躍されています。
あまり新聞を見ないすりやが記事に気づいたのは、ずいぶん前にその名前を知って、ブログネタ帳に「読みたい本:サメに腕を奪われた女性サーファーSoulBoard」とメモしていたことを思い出したからです(メモの内容がちょっと違ってますが...)。英語の本だけどいつか読んでみたいなと思っていたら、映画になって公開されるなんて!こりゃ観に行かねば、と思う一方、翻訳も出ているなら、まずは原作を読んでからか、などと迷っています。
映画でも本でも、腕を失われた方が考えたり体験されたことの記録に触れるチャンスだと思うと、とても楽しみです。
すりやネタ帳には、もう一人、メモがあります。「片腕のヒーロー・大リーグへの道:Pete Gray」子供の頃の事故で右腕を失いながらも大リーガーとしてプレイされた方です。この方の本もいつか手にしたいと思います。

映画「ソウル・サーファー」は6/9全国ロードショー!って今週末じゃないですか!!原作読むなら急がないと。

「ソウル・サーファー」公式サイトはこちらから>>>>

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2011年10月31日 (月)

Racing on-ニキ・ラウダ特集号-

ニキ・ラウダというフォーミュラ・ワン(自動車レース)の選手がいます。30年ほど前に活躍し、3回世界チャンピオンになった人物です。
今回ご紹介するのは、車雑誌のラウダ特集です。純粋に趣味で手にした雑誌ですが、心に残った所があったのでご紹介します。いつもながら、大スターと自分を等身大で比較する不遜さは、どうぞご容赦ください。

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この方、レース中の事故で大ヤケドを負い、今も顔面にヤケドの痕が残っています。ご本人曰く、「自分で自分の顔は見えないから、私は平気さ。」よって整形手術は不要、とのこと。さっぱりとしたものです。
ご存知のように、すりやは人目を気にします。とてもラウダのような境地には到達できていませんが、そんな風に考えられれば、気分もずっと変わるだろうな、と思います。

事故に遭った後も選手として活躍し、チャンピオンにもなったことから「不死鳥」と呼ばれることもあるMr.ラウダ。いまだに、インタビューでは事故のことに触れられるそうです。
どうやら本人にとっては「そんなことは過去の出来事」のようです。これは、すりやも同感。ただ、ファンとしては「ラウダ=事故に遭ったけれど復活した人」とのイメージが定着していて矛盾しています。多分、多くのファンが「事故を乗り越え」というイメージを持っていると思います。自分の経歴からは、逃れられないということなのかもしれません。

もうひとつ、興味深いコメントがありました。
Mr.ラウダ、選手時代の後半から(現在も)航空会社を経営されています。一度、彼の会社の飛行機が墜落事故を起こしたことがあります(乗客200名以上が死亡)。
「そのときの苦しみと比べたら、レース中の事故なんてもののの数に入らない」
これも、分かるような気がします。自分一人で完結する問題と他の人まで影響する問題とは、まったく違うことです。すりやも、自分が怪我したので、さほど悩むことなく、素直に出来ることをやっていく毎日でした。その代わりに、家族や周囲の仲間には、大変な思いをさせてしまったのですが...
もし、ほかの人を巻き込んでいたら...想像もできませんが、状況はまったく違っていたことでしょう。

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2011年6月26日 (日)

愛、深き淵より。

何かで知って、星野富弘さんのこの本を読もうと、やりたいことのメモに一年くらい前から書いてありました。先日、ようやく図書館で探し当てて借りることができました。

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すりやが義手の訓練でお世話になった病院にも、頚髄損傷(けいずいそんしょう)の方はいらっしゃったと思います。すりやと同じ訓練室でリハビリされている方のなかにもいらっしゃったかもしれません。
名前も症状も知らないけれど、お互い決まった時間に訓練の予定があるので「いつものご近所さん」といった感じになってくるのですね。数ヶ月「ご近所さん」を続けると、寝転がって柔軟していた人が座るようになったり、杖がとれたり、少しずつ状態が変わっていくのが分かります。注目しているわけではないのですが、訓練室の景色が少しずつ変わっていくのです。人ごとながらちょっと嬉しくなったり、リハビリってこういうかんじなんだ~、と思ったりしたことを、ふと思い出しました。

星野さんは、入院中に感じられたことをストレートに書いていらっしゃいます。
比べるのは恐れ多いですが、すりやも、このブログには正直な気持ちを書くよう心がけるのですが、批判されたくないものだから、どうしても格好つけてしまいます。だから、星野さんのように、正直に思ったことをかけるようになりたいものだ、と思いながら読みました。そうしたら、終盤、初めての展覧会を準備されているなかで、次のように書かれてありました。


書きはじめて私は、また自分の弱さやみにくさをさらに知らされた
ような気がした。やはり、本当の気持ちは書くことができず、自分
を繕ってしまうのである。どんな冒険に立ち向かうことよりも自分を
さらけ出すことのほうが、ずっと勇気が必要なのではないかと思った。



ビックリ!とても正直に書かれていると感じているのに、ご本人は「自分を繕ってしまう」と思われている。でも、ちょっと安心しました。多少は繕いたくなるものなんですね。
カッコつけたいところも含めて、これからも正直な想いを書くように心がけます。

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2011年2月 8日 (火)

いのちの対話-医者と患者の絆

ピアニストの舘野泉さんが参加された対談をまとめたもの。
日野原先生、鎌田先生は、本屋で名前をよく見かける有名なお医者さんです。よい医療(手当て)のためには、医療スタッフと患者の信頼関係、十分な意思疎通が不可欠、と語られています。

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そういえば、すりやも入院初期に不思議な経験をしました。怪我をして最初にお世話になった病院でのことです。
大病院でしたが、そこは外国、どんなことされるのか結構心配です。
(注:すりやは外国で怪我しました)
なにせ、それまでのちょっとした風邪とはわけが違うディープな治療の連続で、注射など、直接体に入っていきますからやはり怖かったです。カルシウム注射というのを生まれて初めてやられたんですが、ジュッと体が熱くなるんですね。今まで注射で体が熱くなることなんてなかったので、「何かへんなもの体に入れたんじゃないの!?」とめちゃくちゃ不安です。最初は、そんなことばかり。
言葉もよくわからないし、文化・習慣が違うので“何されるか分からない”という警戒がありました。そんな状態ですから、協力的な雰囲気はなかなか生まれませんでした。
今から思えば、「外国だから」ということより、集中治療室という非日常的な空間にビビッていたのかもしれません。

ところが、何かをきっかけに感謝の気持ちが出てきて、「ありがとう」と言うようになったとき、一気に雰囲気が変わりました。体を拭いてもらっていたときだったと思います。自分が「ありがとう」と思えるようになり、「何されるか分からない」のが「私のためにいろいろ手を尽くしてくれている」と感じるように変わったのです。
すると不思議なもので、病院スタッフもちょっとした作業のときなどににこやかに話しかけてくれたり、なんだか楽しい雰囲気になってきました。

そういえば、ベッドに寝たままでシャンプーをしてもらったことがありました。
あのシャンプーは最高に気持ちよかった。
右腕をあきらめる2,3日前だったと思います。
手を尽くしてもらいながらも事態は好転せず、ムードも下がり調子だったときで、加えて、頭がものすごく痒くて、いろいろ落ち着いたら丸坊主にしようかと思うくらい不快だったんです。痒いけど自分で触れないし、「痒い」ってなんて言うのかわからない、それより、頭が痒いなんてこと、この一大事の最中に言いづらいなぁ...
という小さな葛藤があってなかなか言えなかったのです。そんなときに、体を拭いてくれる看護師さんが、「シャンプーする?」と言ってくれたのです!
自分としては気分を新たにしてもらえた会心のシャンプーでした。おかげさまで気分爽快、再び治療に専念できた(?)ことは、言うまでもありません。

自分のためを思って働きかけてくれても、自分に受け入れる気持ちがなければその恩恵は半分以下になってしまいかねません。反対に気持ちが通じていれば(受け入れる気持ちがあれば)、何倍もの効果を得られることもあるのですね。

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2010年8月13日 (金)

告白

駅の本屋で、パラパラと見ていたら買っちゃってた本です。

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帰りの電車の中で読みふけりました。重たい内容で、積極的におすすめする感じではないのですが、自分の気持ちにあてはまるところがあったので、紹介します。

みんなは学園ドラマを見たとき、思ったことはありませんか?
熱血先生と問題を起こす生徒、両者は何か事件が起こるた
びに深い信頼関係を築いていきます。では、エンドロールに
何年何組の生徒たちとしかクレジットされない、その他大勢
の立場はどうなっているんだろう、って。熱血先生は授業中
にもかかわらず、自分の経験や問題を起こした生徒の心の
奥底にある気持ちを熱く語っています。でも、みんなそんな
話を聞きたいのでしょうか?
----------(中略)----------
そもそも、普段からちゃんとしている人に授業を中断してま
で語らなければならないことなんてあるのでしょうか?
道を踏み外して、その後更生した人よりも、もともと道を
踏み外すようなことをしなかった人のほうがえらいに
決まっています。
・・・・・・

周囲の方に「大変だったね」「よく頑張ったね」と声をかけていただきますが、すりやの場合、自分が原因で怪我をしているので、ありがたいながらも、恐縮しています。
昔、テレビで、爆弾が仕掛けられた小屋に閉じ込められて、時間ギリギリに脱出成功する、マジックのような番組がありましたよね。見ていてハラハラドキドキするけれど、「頑張ったね」とは思わないでしょう。
“道を踏み外した”とまでは思いませんが、自分で穴に入り込んで、そこから出てこようとしている、とでもいいましょうか、しなくてもいい苦労を、自分で背負い込んでいるような心境なんですね。
とは言いいながら、褒めてもらえると、素直にうれしかったりもします。
怪我したことでいろいろ考えたし、訓練はじめ、何もしていないわけではないので。
ただ、ちょっと後ろめたいんですね。
一方、突然「すりやの怪我」という事件に巻き込まれた家族は、子供も含め、本当に大変だったろうし、頑張ったと思います(今も大変かも)。そんな家族はもちろん、周りの人々に「ありがとう」と思うことは頻繁です。

怪我の経緯はともかく、みなさん、温かく手を差し伸べてくださいます。そんな温かさに感謝しつつも甘えることなく、しっかりと生きていかねばと思うのです。

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2010年6月14日 (月)

左手のコンチェルト

左手だけで演奏活動をされているピアニスト舘野泉さんのエッセイ。

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舘野さんは、演奏会中に脳溢血で倒れられ、その後、右腕に麻痺を残しながら、演奏活動を再開されご活躍されているそうです。
40年の活躍のキャリアを持ちながら倒れられ、復帰を念頭に、熱心にリハビリにも取り組まれたそうです。
「ピアノは両手で弾くもの」という思いから、はじめは頑なに左手のための曲を拒んでいたそうですが、ふとしたきっかけで左手の曲を弾いてみると「海が広がるような」気分になられたとか。
左手一本だから両手に比べて音楽の質が落ちるわけではない、3手や4手(二人で連弾)に比べて一人で弾くことが音楽的に劣るわけではないように、左手の演奏でも、自分の音楽は十分表現できると。
それまでに培われてきた音楽は私の体の中に生き続けているので何を失ったわけでもない、とおっしゃいます。

次元はずいぶん違いますが、すりやが、左手で字を書くことに案外早く慣れて、かつての自分の字くらいは書けるようになったことの理由が書かれているような気がしました。
量がありますが、心に残ったところを抜粋します。


以前の僕もそうでしたが、ピアノというのは両手で弾くのが当たり前だと
誰しも先入観を持っているものです。だから、ほとんどの人は「片手にな
った」というと、音も音楽も半分になったとか、質も量もマイナスになった
と思うわけです。音楽全体の表現が簡略化されて易しくなっているのか
と考えてしまう。

復帰して以来、もう僕にとって、一本の手で弾くとか、二本の手で弾くと
かを区別したりするのは意味のないことになりました。新しい音楽の表
現や新しい楽器だと考えればいいのです。実際に三手の連弾というの
もあるのですから、二手より一手が貧しく不完全な音楽だとすれば、同
様に三手より二手は不完全なのか、不足があるのかと言うことになりま
す。そんなはずはありません。もちろん演奏する者にとっては、困難なこ
ともありますし、不自由を感じることもあります。しかし、それは、だから
と言ってそこから生まれた音楽に不自由さ、不充分さがあるとは限らな
いでしょう。一手だろうと、二手だろうと、よりよい音楽表現を目指してい
るということには変わりはないのです。しかもそこに、これまでと変わら
ぬ音楽の喜びを僕は感じています。

僕が左手でピアノを弾くようになってから、「左手だけで不自由でしょう」
「右手が早く使えるようになるといいですね」「いままで弾いてきた膨大
なレパートリーが脳溢血で一瞬に消えてしまって、さぞ口惜しいでしょう」
と言われることがあります。でも、僕はそんなことはまったく思いません。
左手だけになって不自由や不足もないし、音楽の表現をするのに、何の
不満もありません。左手だけでは表現できないということは何もないの
です。不自由とか不足があるというのは、先入観の問題ですね。いまま
で弾いてきた膨大なレパートリーがなくなったとも思いません。たしかに
現実には演奏できないけれど、いままで弾いてきたものは、自分の血と
なり肉となり呼吸となって、脈々と息づいているのです。失くしたわけで
はありません。なんの不足があるでしょう。

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2010年4月 8日 (木)

影武者 徳川家康

昔、読んだ歴史小説。
面白くて、一気に読んでしまう作品です。

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荷物を整理していたら出てきたので、10年ぶりくらいに読み直しました。江戸幕府が開かれるころが舞台で、格好いい脇役がたくさん登場します。
そのうちの一人が戦いで腕を切り落とされてしまうんですが、なんと、義手を使うんですよ。そんなことすっかり忘れていたし、初めて読んだときはあまり意識してなかったと思います。
義手の訓練を始めようとしているときに読んだので、自分にダブらせて読み進みました。義手に対する考え方に影響を受けたかもしれません。
ネタバレになってはいけないのですが、印象に残ったところを少し紹介します。

傷を負った直後、瀕死の本人を前にして主人が考えます。

『今、こいつの最も重要な役割は、秘密工作だ。たとえ
片腕をうしなったからといって、この面での働きは鈍ると
は思えない。ただし
本人があくまで男としての誇りを失
わなければの話だが


そして、本人も決意します。

『片腕を切られたことは極秘にする。そして至急義手を
作って、一見したところではこれまでと全く変わりないよ
うに見せる。つまり、
左腕を切断されたことなど全くな
かったかのように振舞うという決心である
。これは戦う
ための再教育を拒否することだ。再教育をしない限り、
戦闘能力は従来の十分の一以下に落ちるだろう。襲わ
れれば確実に死ぬ。また、敵は、片腕を失ったことを
知れば、即座に攻撃をかけてくる筈である。秘密が洩
れたときが最期になる。』


この場合の、“隠す”というのは、見た目や気持ちの問題ではなく、生死に関わる問題のようです。
その後、騒動がひと段落したある日、彼は失踪してしまいます。主人は捜索させますが、見つかりません。半年ほど経ったある日、西国で新たな必殺技に磨きをかけているらしい
という噂が主人の耳に入ります。

『「それでは奴は、いま一度、男になったわけですか」
これ
は男としての誇りを取り戻したと云う意味だ。
「そうだ。元々奴は強い男だった」
そう云って、楽しそうに笑った。』


さらに半年後、彼は主人のもとに戻り、それまで以上に活躍することになります。

それにしても、作家というのはすごいですね。実際に似たような状況になった人間が違和感なく感情移入できるだけの臨場感で物語を書くのですから。

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2009年9月22日 (火)

左手のピアニスト

左手のピアニスト』という本を読みました。

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19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したハンガリーのピアニスト、ゲザ・ズィチの伝記を中心とした内容です。彼は、幼い頃に猟銃の暴発で右腕をなくしたそうで、左手のピアニストのパイオニア的存在。彼の後にも、戦争による負傷や病気で片手で演奏するピアニストがたくさん現れ、それぞれに活躍されたそうです。
彼らのために多くの左手の曲が作曲・編曲されたそうですが、その数、なんと2600曲!
今も、活躍されているピアニストさんのために新曲が作曲され続けているそうです。
片手だけで演奏できるように作られたもの、左手の訓練のために作られた練習曲がほとんどだそうですが、中には、音楽的な目的から敢えて左手だけを使うように作られている曲もあるとか(右手はずっと「休み」といった感じでしょうか)。
これらの曲には、左手だけで奏でることで得られる独特の雰囲気があるそうです。

小さい頃にかじっただけのピアノだけれど、うちにも電子ピアノが来たしいつか一曲弾けるように頑張ってみたいなと思います。

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